さちおの日々のつぶやき。ボクスターネタはほとんど出てきません。


by boxster_sachio
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カテゴリ:文学( 3 )

我が心のベスト3

最も熱心に読書をしたのは「小学校時代」「20代」の二期に分かれます。
小学校時代は前述の通り岩波系児童文学、および「学級文庫の定番」ホームズやルパン、少年探偵団。
中高校時代は部活動等で減りましたが、大学に入ってからは気合いを入れて読みまくりました。

大学は文学部日本文学を専門としました。
そこで「文学史に出てくる著名作品はひと通り読んでおこう」という気持ちになった殊勝な私。
幸い大学の周辺には多数の古本屋があり、店頭のワゴンには文庫本が激安で並んでいました。比較的キレイなもので一冊50~100円、カバーも取れて黄ばんでいるような本なら「どれでも4冊100円」なんて店もありました。私としてはもちろん安いほうが有り難かったですね・・中身は一緒だし(笑)。

日本の近現代の文学を片っ端から読む中で、特に私の心に刺さったのは大江健三郎。
正確には高校の晩年に友人の薦めで短編集「飼育・死者の奢り」を読んだのが最初でした。まさに魂を撃ち抜かれたような感動を覚え、立て続けに読んだのが中編集「性的人間」。ここに収録された「セブンティーン」の強烈な描写に完全にノックアウトされました。
かくして卒業論文も大江健三郎で書いた私は、94年のノーベル文学賞受賞を我がことのように誇らしく思ったものです(笑)。

「古本屋で重量級の純文学を耽読する」という当時にして既に「ひと昔前の学生さん」スタイルだった私ですが、もちろんUP TO DATEな作品に背を向けていたわけではありません。
学生時代に出会った中で、語らずにはいられない作家があと二人います。

まずは村上龍。
実は「限りなく透明に近いブルー」を読んだ時には、「なんであんなに世間が騒いだんだろう?」と思うくらい淡白な印象しか残りませんでした。
しかし続いて読んだ「コインロッカーベイビーズ」では、一行読むことに血が騒ぐような興奮を覚え、龍のことを「日本文学史上に残る天才だ!」と思うに至ったのです。
以後、あまり評判のよろしくない作品を含め、龍の作品はほとんど読んでおります。

そして村上春樹。
鮮烈の芥川賞デビューで華々しくデビューした龍の名は、文学に関心の低い人にも届いていました。
しかし村上春樹は群像の新人賞からひっそりとデビューし、自然発生的に話題になった作家という気がします。
大学生協の書店でふと目に留まったのが「風の歌を聴け」の文庫版。佐々木マキのイラストのしゃれた表紙と「風の歌を聴け」というタイトルから漂うオーラに、何の予備知識もないままレジでお買い上げしていた私です。
文字量も少なく薄い文庫なので一気に読めましたが、一行一行が愛おしく思えるほど共感できる作品でした。偶然試着したスーツが、まるで採寸してオーダーしたかのように自分の体型にフィットしたような感覚。そして恐らく、そう感じた読者は私だけではなかったことでしょう。
「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」も貪るように読み、彼の作品もまたほとんどを読むようになりました。

まずは私の愛する(或いは愛した・笑)作家たちの代表三名様をメンバー紹介してみました。
また折りを見てその他の重要人物、および三名様の作品への思いを語ってみたいと思います。
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by boxster_sachio | 2005-02-02 22:47 | 文学
ハリー・ポッターの話題を続けましょう。
私にとってハリー・ポッターシリーズの魅力は、何より豊かな想像力と緻密な描写力で構成された、魔法学校の生活です。杖、ふくろう便、9と3/4番線、ホグワーツ、クィディッチ・・次から次に登場する「魔法界の常識」がリアルに浮かんできます。
続いて設定の妙。両親をヴォルデモードに殺されながら不思議な力で生き残った「運命の子」ハリー。人間界では継子いじめで不遇な暮らしをしている彼だが、魔法界では知らぬ者のいないスーパースターだった、という設定は、少年少女の心をがっちりととらえることでしょう。
そしてしっかりとキャラの立った登場人物たち・・特にハグリッドやハーマイオニーの人物造型は出色です。
今まで私が読んで来た幾多の児童文学の中でも、極めて高い完成度を持っているファンタジー作品と言えるでしょう。

しかし、だからこそ。
シリーズを読み続けるにつれ、私の中にちょっとした不満が芽生えてきました。
私は登場人物のキャラが立っているのは、逆に言えば「極めて類型的な人物しか出て来ない」からだと思ったのです。
絶対的な悪としてのヴォルデモード。
絶対的な善としてのダンブルドア。
勝気でお堅い優等生のハーマイオニー。
やんちゃな食いしん坊でおっちょこちょいのロン。
意地悪なお坊ちゃんで典型的な「イヤなヤツ」のマルフォイ。
登場人物のほとんどが、見事なまでにステレオタイプの性格付けがなされています。
善人はあくまで善人で、ひとつの間違いもない。
悪人はあくまで悪人で、優しさのかけらもない。
そしてストーリー展開は、あくまで勧善懲悪。
ロンは決してハリーに嫉妬したりしないし、マルフォイは決してハーマイオニーに惚れたりしない。
私が言いたいのは「現実社会における人間の性格/行動は、それほどシンプルではないはずだ」ということです。
本当に優れた児童文学なら、こうした面にまで目を配り、脇役の心の襞まで丁寧に描写していることでしょう。
そうした意味で、私はこう思っています。

「ハリー・ポッターは非常に優れたファンタジーである。しかし残念ながら、それはあくまでファンタジーの域を出ていない。」

というわけで、ファンタジーにそれ以上の要素を勝手に期待している私の戯言でした(蒙御免)。
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by boxster_sachio | 2005-01-11 22:49 | 文学
実はハリー・ポッターシリーズが大好きです。

私の親は二人とも国語科の教員でした(母親は早くに結婚退職)。
夫婦でタッグを組んでの教育方針として、おもちゃを与えたりテレビを見せたりするより本を読ませようとしていたフシがあります。
実際物心ついた頃には、子ども部屋の本棚は児童文学全集満載でした・・岩波の児童/少年文学目録に載っている本は、ヘタな書店より揃っていたと思います(笑)。
そして私は両親の目論見通り、幼少のみぎりから読書に親しみ、大学も文学部に進んじゃったりするワケです。

そのラインナップの中でも特に気に入っていたのは「ドリトル先生全集」「ケストナー全集」「リンドグレーン全集」「ナルニア国ものがたり」でした。
「ドリトル先生」は英国の郊外に住む、動物と話せるお医者さんの冒険物語。
ケストナーの代表作は「エーミールと探偵たち」「ふたりのロッテ」「飛ぶ教室」etc・・・ストイックで正義感に溢れるドイツ的な作品です。
リンドグレーンは「長くつ下のピッピ」「やかまし村の子どもたち」。スウェーデンの美しい自然が優しく描かれています。
そして衣装箪笥の奥に広がる魔法の国「ナルニア国ものがたり」シリーズ・・代表作は「ライオンと魔女」です。

上記のほとんどは、全て「ファンタジー」のカテゴリーに属するものです。
つまり私は少年少女向けのファンタジーに関しては、けっこうサラブレッドなのです(笑)。

ハリー・ポッターが最初のブームを起こした頃、私は何かと忙しかったせいもあり、すぐに飛びつくことはしませんでした。
やがて理由あって実家に出戻ってから、父の購入していた単行本を読むようになりました。

「これは面白い!」

(読んだことのない方には全然通じないでしょうから、ここから先は読んだ方が対象です。これから読む方も、ネタバレになるので読まないほうがいいカモ)

ハリー・ポッターの魅力は既に多くの専門家や愛好家が熱弁を奮っているので多くは書きません。
何より完成された設定の中で、登場人物のキャラが立っているのは特筆モノです。
ご存知の通り大きくて重いハードカバーなので、通勤電車の中で読むには適していません。しかしそのお蔭で、私は単行本の発刊ペースや映画の封切りペースに追いつくことなく、二歩遅れてついていくことができるのです。

#ちなみに現在読んでいるのは第四作の「炎のゴブレット」上巻です(笑)。

というワケでハリー・ポッターシリーズをわくわくしながら読んでいる私ですが、さすがに第四作=5冊目ともなると、ヒネた大人ならではの醒めた視点生まれてくるワケです。
次の機会には、私なりに感じるハリー・ポッターへの違和感を書いてみようと思います(愛情を込めて)。

ってなワケで、本日は予告編にて失礼。
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by boxster_sachio | 2005-01-07 23:31 | 文学